<音速を超えた>二人


奇しくも吉田アミさんが七月五日に上梓した本の名前と重複するが、たぶん今年のこの時期に吉田アミ川上未映子は<音速を超え>た。

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第二次世界大戦末期、占領していたフランスから撤退を余儀なくされたドイツ空軍はロンドン爆撃の拠点を失った。


神の気まぐれかどうか知らないが、こんなときにとんでもない天才が現れたりする。アインシュタイン、そしてフォン・ブラウンアインシュタインはすでに亡命、戦争とは直接関わってはいない。


フォン・ブラウンとは何者か? ロケット技術者である。若き天才、終戦時まだ三十代。最初は飛行機にロケットエンジンを付けた「V1号」というのを作り出した。無人のロケット爆撃機。目的地に落下すればよい。


最初は恐れられたが、低空を飛んでくるので英国の誇る戦闘機スピットファイア(これ、確か表面は木でできていたはず)に次々と撃墜されるようになった。


ナチス・ドイツアウシュビッツで非道の限りを尽くしているあいだ、なぜか軍部では謎の秘密兵器をたくさん開発していた。ここ読んでる人なら知っているだろう。


その中でもっとも実用的(政治的・かつ経済的にも)な兵器が「V2号」。史上初の大陸間(でもないか)弾道弾である。ジャイロスコープを内蔵し、きわめて高い精度でロンドン爆撃に成功した。


それは爆撃機による空爆よりもある意味恐ろしかったという。なぜなら戦闘機の飛べないような高い高度を、<音速を超えて>飛んでくるからだ。つまり、爆撃を受けてから、ロケットが落下してくるときの「キーン」という耳をつんざく音がする、転倒している。


ナチスドイツ崩壊後、フォン・ブラウンアメリカのあらゆるロケット開発の基礎に関わる。アメリカが持ち去りきれなかった資料を旧ソ連が持ち去った。


アインシュタインの基礎研究から核爆弾、そしてフォン・ブラウンの「V2号」によって、その段階ですでに冷戦体制の基礎はできていたと言ってもいいだろう。

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ものすごくどうでもいい前置きだが、二回に分けて<音速を超えた>二人について書きたいと思う。


わざわざ「V2号」を例に出したのは、『重力の虹』を少し思い出したというのもあるが、何かもっと暴力的なことを書きたい、という無根拠な予感があったからだ。